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宗宮誠祐のblog

名古屋郊外赤池駅近くのジム自由人の代表(ロックジム破天荒、ボンクラージュ、Dioも)blog

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Rock&Snow 74号「Making The Grade」&「開拓時におけるチッピング限定的容認論に思う」

Rock &Snow 74号 (2016.12.6発売)に、アナ・レドモンド氏とぼくで共訳した「Making The Gradeー開拓時におけるチッピング限定的容認論ー」及びこのエッセイについての私見「開拓時におけるチッピング限定的容認論に思う」が掲載されています。

ご一読頂き、ご意見・ご感想などを拝受をすることを希っています。
以下は、言わば、上記「あとがき」です。

2816906237_b.jpg
(山と渓谷社HPより引用)

「Making The Grade」&「開拓時におけるチッピング限定的容認論に思う」 のあとがき

昨年の冬、日本における既成課題のチッピングがSNSで話題になりました。

しかし、90年代後半に現役クライマーを廃業してからは、バックカントリースノーボード、視知覚研究、そしてロースクールでの法律の勉強で忙しく、現役廃業後のこの問題についての知識はゼロでした。

そこで、フェードアウトしていた期間の文献と事件を調べはじめました。
みつけた主な文献と事件が、以下です。

 
・小山田大氏インタビュー(ロックアンドスノー, No.6)
・上記インタビューへのレスポンスとしての「クライミングという思想」(Run Out , No.4)
・ジョー・ブルックス氏へのインタビュー記事「チッピングあり」(ロックアンドスノー, No.8)
 
「ルートは変わっていくのか?—小川山「転がる大根」のボルト撤去を考える—」(ロックアンドスノー, No.14)
・北山公園での課題破壊事件(ロックアンドスノー, No.12) 
・吉田和正氏インタビュー(ロックアンドスノー, No.12) 
・縄文ハングの下地問題
・アイバン・グリーン氏のチッピング映像公開&同氏へのスポンサー契約解除事件
 
・ミッドナイトライトニングのシンボルマーク抹消事件
 
・開拓時における限定的ホールド製造容認論"Making The Grade" (Rock&Ice, No.191)
・備中羽山のチッピング事件
・Gioia事件

上記のすべてが、この問題を考察する上で、非常に興味深いものでしたが、ラムゼイ教授による開拓時における限定的ホールド製造容認論「Making The Grade」は、特に興味深いエッセイでした (ロクスノ72号で一部引用し、紹介を予告しました)。

「Making The Grade」紹介の動機

なぜなら、このエッセイは、反チッピング論の論理的ほころびを指摘し、真のブランクセクションであれば、そこにホールドを刻んでアーティフィシャルルートを製作しても登攀倫理違反ではない。いや、むしろ、フリークライミングの最前線の押上げに有益だと考えることもできる、という禁断の主張(?)の論理的証明にトライしていたからです。

 

ぼくはこう考えました。
このエッセイを訳して、日本のクライミングメディアで発表すれば、クライミングコミュニティにおけるチッピングについての論議は深まるはずだ、と。


なぜなら、ラムゼイ教授は、彼の主張の正しさを論理によって裏付けようとしていますから、彼の主張に反対するにしろ、賛成するにしろ、「それは伝統だ」「悪いから悪いんだ」というだけでは理由付けとして不十分で、なぜ伝統となって次世代に受け継がれているのか、なぜ悪いのか、これらを、あくまで論理を用いて合理的に説明する必要があるからです。

翻訳は未経験でしたので不安がありましたが、幸いなことに、クライミングジム自由人の年会員のアナ・レドモンド氏が共訳を快く承諾してくれました。それで、翻訳作業は順調に進み今年5月には翻訳文が出来上がりました。

個人的には、以下の順番を構想していました。

1. "Making The Grade"紹介。
2.ぼくの課題著作物論公表して、開拓時のホールド製造と既成課題のホールド製造の区別が必要なことを述べた上で、既成課題のチッピングは犯罪となり得る可能性があることを論じる。
3. "Making The Grade "についての私的見解開示。

しかし、諸般の事情により、実際は、ぼくの課題著作物論(ロクスノ73号)が先行し、"Making The Grade"紹介と私見の公表が、今回のロクスノ74号での同時発表となりました。

少し脱線します。
ぼくの課題著作物論は、「クライミング課題は作品だ」という開拓者としてのぼくの単純な感覚に由来しています。文学、音楽、絵画などの作品が著作権法の保護対象となるなら、クライミング課題も作品という点では同じなんだから、当然、同等の扱いを受けることができるはずだ。こう考えたわけです。

となれば、残る問題は著作権法2条1項の要件を充たすか、充たさないか、です。もしロクスノNo.72&73で開示したぼくの論証が成功しているのなら、「クライミング課題は著作物であるべきではない」と言う主張は棄却されざるをえません。これを言い換えれば、「クライミング課題は著作物であるべきではない」。そうどれだけ希っても、法治国家・日本では、その心情に反する結論を甘受せざるを得ないということです(開拓者は著作財産権を行使しない選択も可能ですが)。従って、ぼくの仮説を否定したい方は、クライミングの課題は著作権法2条1項の要件を充たさない、ということを論理的に説明する必要があります。


思想を同じくする者との切磋琢磨だけでなく


ラムゼイ教授による開拓時のチッピング限定的容認論には、諸手を上げて賛成できるパート、それは無理筋だと思うパート、そして、岩はあくまでクライミングの資源だというぼくの立場 (『岩と雪』No.137参照) からは反論が困難なパートがあり、いろいろと考えさせられました。紙面の関係で、ロクスノ74号にはその一部のみを開示しましたが、いつか完全版を作成したいと思います。

IMG_5659.jpg

一点付言しておきます。
岩は資源だというぼくの立場からは、真のブランクセクションであればホールド製造は許される、というラムゼイ教授の主張に反論できませんけれども、「岩は資源ではない。神聖で不可侵な自然物だ」という立場の方であれば、容易に、反論することができます。具体的には前提(a)を否定すれば良いのです、例えば、以下のように。

岩は神聖なものだから、どのような理由であれ、いっさい手を加えることは許されない。岩を見つけた時のあるがままの自然の状態を、そのまま受け入れて、自分の手と足と身体の一部だけを使って登ることがフリークライミングのあるべき姿なのだ。だから、そもそも安全のためには岩の改変は許されるという前提(a)が大間違いなのだ。岩の改変が必要な場合は、その岩は登るべきではないのである。以上より、前提(a)が真ではないから、前提(b)を検討する必要もなく、結論(c)が間違っているのは明らかだ、と。

なお、自然への尊崇を岩だけでなく、岩と周囲の自然環境に拡大すれば、樹木を伐採したり、植物や地衣類を除去しなければならない岩は登らないし、そのような手法で開拓された課題も登らないという思想が成立するでしょう。これはこれで一貫した思想であると思います。

ロクスノ74号にも書きましたが、ある思想が成熟するためには
、思想を同じくする者との切磋琢磨だけでは不十分であり、反対論者との論理的やりとりが極めて重要です。
証拠が反対尋問に晒されてはじめて価値を持つように。
学術論文が同業者の査読を経てはじめて出版が可能になるように。

思想とは論理的で整合性を有する判断体系のはずですから、反チッビング論にせよ、反・反チッピング論にせよ、フリークライミングが思想なのであれば(クライミングに思想性がある点には賛同します)、その成熟のためには、上記プロセスは必要不可欠なルーティーンだと思うわけです。

今回のMaking The Gradeの紹介と私見公表が、開拓はどうあるべきか、というクライミングコミュニティの大問題についての建設的で論理的な議論の発展に資することができれば、訳者のひとりとしてこれに勝る喜びはありません。

掲載を承諾して頂いたロクスノ編集部とラムゼイ教授への連絡を取って頂いた昔からの友人Yさんに深謝しつつ
2016.12.05記
宗宮誠祐 
  1. 2016/12/05(月) 20:51:16|
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