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宗宮誠祐のblog

名古屋郊外赤池駅近くのジム自由人の代表(ロックジム破天荒、ボンクラージュ、Dioも)blog

ボルト, TR, ハングドック, ラッペルボルト, &開拓時のホールド製造 フリークライミング観の変遷

この四半世紀、ボルト、チョーク、TR、ハングドック、ラッペルボルト、そして開拓時のホールド製造について、クライミングコミュニティの意識はどのように変遷してきたのでしょうか。

関係書物における著名クライマーによるコメントをまとめてみました。 

1本のボルトも打ってはならない

まず、メスナー氏とボナッティ氏はボルトを拒否し、ボルトを打たなければ登れないなら、登るべきではないと主張します。

ラインホルト・メスナー
「ボルトなしで登れないのなら、その岩壁には登りません。・・今はレベルの高いスポーツ・クライミングでボルトが使われています、しかし私は、それなら人工壁てやればいいのにと思っています。自然の岩壁は、あるがままにしておくべきです。」『ビヨンド・リスク』(山と渓谷社, 1996)

ヴァルテル・ボナッティ
「ピトンの時代にはクライマーは論理的なルートを見つけるために頭を使ったものだ。しかしボルトを使ったら、後は筋肉の問題だ。登攀の動作はあっても冒険はない。・・・私にとって登山は常に冒険だった。冒険がなかったら登山じゃない。」『ビヨンド・リスク』(山と渓谷社, 1996)

最小限のボルトは許される ただし、懸垂下降で打つのはNG

これが、ロイヤル・ロビンス氏になると、まず、ピトンは岩の形状を変えてしまうとして、その害が強調されます。
しかし、ボルトについては一切NGではなく、必要最小限は許容されると緩和されます。

一方、ラッペルボルトには激しい攻撃が加えられます。たぶん、TRトライやハングドックもお気に召さないだろうな、と推測可能です。

ロイヤル・ロビンス
「私たちの目標はルートを可能なかぎり最善のスタイルで—固定ロープは使わず、ボルトは最小限にとどめ、フリーで登れないときだけエイドを使って登ることでした」『ビヨンド・リスク』(山と渓谷社, 1996)

「野放しのスポーツ・クライミングと野放しのラップ・ボルティングはクライミングの冒険倫理をだいなしにしてしまいます。」『ビヨンド・リスク』(山と渓谷社, 1996)

「私たちの世代は、このゲームのやり方について明確な定義を持っていました。そのやり方とは、できるかぎりボルトは避ける、ボルトは自然な体勢で打つ、岩は神聖だから変えてはいけない、ホールドをつくってはいけないといったものです。・・・現在私たちが目にしているのはクライミングを体操として楽しむために起きた倫理の基準の破壊、スタイルの基準の破壊です。」『ビヨンド・リスク』(山と渓谷社, 1996)

君は君のやり方でやりたまえ。私は私のやり方でやる

これに対して、ハーディング氏は、何本までなら最小限なのかはわからない。そして、これが最良のスタイルだと、自分たちが信じるのは自由だが、それを他者に強制はできないはずだ、と主張します。

加えて、ハーディング氏は、ラップ・ボルティングを反対はしないものの、それは、グラウンド・アップスタイルの自分のクライミングとは別のジャンルのクライミングだとコメントします。

ウォレン・ハーディング
「彼(ロイヤル・ロイヤルロビンス)がドーンウォールでしたこと(ハーディングの初登したルートのボルトを抜きながら第2登した。最初は全部抜くつもりだったが途中でやめた)はまったくばかげていた。彼はそれを良く知っているはずだ。これは個性の違いであって、だれが正しいとか、だれが間違っているとかいうことではないと思うよ。あれからルートは修復されて、エル・キャブの標準的なルートのひとつとされている。」『ビヨンド・リスク』(山と渓谷社, 1996)

チョークの使用はけしからん

なお、当時、チョークの使用について、伝統派から批判があった事が以下から推測されます。

ジョン・ギル
「(ボルダリングエリアにおける人工的手段の使用についてはどう思いますか? と聞かれて)、議論の一つに、—あらゆる場所で問題になったいるわけじゃないか、山岳雑誌などでよく目にするだろチョークの使用がある。これについてはぼくもいささか責任を感じている。というのはもたぶんクライミングにチョークを使ったのはぼくが最初だから、1950年代末に、体操用のやつを使ったんだ。伝統主義的なクライマーがチョークの使用に反対する気持ちはわかる。そういう人達は、昔の連中のように、山へ行ってロマンチックな冒険を味わいたいんだ。・・・ぼくは今でもチョークを使っているし、おそらく今後も常に使うだろう。ボルダーでチョークを使うのはなんら悪いこととは思わないからだ。」(『ジョンギルのスーパーボルダリング』(森林書房, 1984)

チョークと同じように批判の対象になったものをいくつか思い出してみます。

まず、フレンズなどのカムがあります。ぼくの大先輩方はこう批判しました。「ヘキセントリックやナッツを不安定な状態で耐えながらセットするのに比べて、フレンズは安易すぎる。邪道だ」と。

フィーレ(当時としては画期的フリクション性能を誇ったポリエール社製シューズ)についても「あんなの履いたらどこでも登れてしまう。インチキだ」という批判がありました。当時は、運動靴とクライミングシューズのどちらが、よりクライミング向きかで議論してたくらいですから、フィーレの登場は画期的すぎたようです。

ただ、当時、新人だったぼくは、直近の先輩方から薦めてもらいましたから、フレンズにしろ、フィーレにしろ、購入する事に抵抗は感じませんでした。

ボルトは必要だ 時には懸垂下降で打つこともある

ヨーロッパでフリーで登る事の重要性を説いたドロワイエ氏は、ボルトの効用を説きます。ただし、ラッペルボルトには消極的です。

ジャン=クロード・ドロワイエ
「(山で新しいルートを開くためにボルトを使うべきですか、と問われて) 使うべきです。ボルトがあれば新しい場所で質の高い登攀ができるからです。・・私はボルトを完全に拒否したボナッティとメスナーは間違っていると思います。万人に適用する総則をつくるのは間違いです。審理は本当に絶対なのか、ときどき自問することはいいことです。問題はどこまで許すかで、クラックのすぐ隣にボルトを打つのはひどすぎます」『ビヨンド・リスク』(山と渓谷社, 1996)

「倫理的に言えば、下から登るほうがはるかに良いと思います。下からルートを開いていけば、それほどたくさんのボルトは打てないし、打つ場所も慎重に選びます。懸垂下降でボルトを打てばいくらでもルートが開けるので、特に崖の小さい岩場ではボルトのない岩を見つけるのが難しくなってしまい、将来は冒険味のあるクライミングができなくなるかもしれません。」『ビヨンド・リスク』(山と渓谷社, 1996)

「70年代の初めに私は何か所がホールドを刻みましたが、その後、水準が進歩したのを見て反省しました。「岩を刻むのは良くないことだ。将来、このホールドなしで登れる者が現れるかもしれない」と考えたのです。フランスではどんどん岩を削っていましたが、行き過ぎだったと思います。」『ビヨンド・リスク』(山と渓谷社, 1996)

「(チッピングで作られたルートは除去すべきか、と問われて) アメリカでは、だれかがルール違反のルートをつくると別のクライマーがそれをつぶしてしまいますね。でもヨーロッパでは他人がつくったものに決してそういうことはしません。ドリルでつくったポケットつきのばかばかしいルートがあったら、「ろくでもないものをつくったな」と言う者はいても、取り除こうとする者はいません」『ビヨンド・リスク』(山と渓谷社, 1996)

初登するときには、まずトップローブで登る

ヴォルフガンク・ギュリッヒ氏やリン・ヒル氏の世代にになると、TR、ラッペルボルト、そして、ハングドックもOKとなります。
しかし、開拓時のホールド製造については、これを明確に否定しています。

ヴォルフガンク・ギュリッヒ
「 (初登するときには、まずトップローブで登るか、と問われて) そうです。まずラインを想定して懸垂下降し、詳細にチェックしたうえでボルトを打ちます。極端に難しいルートは体操の演技のようなものだからです。とても難しいから、どうしても何回も落ちます。ボルトは怪我を防ぐために打つのです。」『ビヨンド・リスク』(山と渓谷社, 1996)

「もし自然を受け入れずに岩を削ってルートをつくると、全体がばらばらになっても挑戦の性格が消えてしまいます。不可能に見えるものの秘密を発見しようという努力をしないことになります。岩場に出かけていき、20メートルも登ったところでホールドのない3メートルのブランク・セクションに出くわしたとしましょう。初めは「これは不可能だ」と思います。岩を削ってホールドをつくってしまえば可能になりますが、でも不可能の限界までできるだけやってみようと考えます。そこでいろいろ分析して、もしかするとできるぞというところまで行き、そしてついにはやり遂げてしまうかもしれません。・・でもホールドを削りだして登ってしまえば、もう挑戦の機会は失われてしまうのです」『ビヨンド・リスク』(山と渓谷社, 1996)

ラッペルボルトは問題ない むしろ歓迎する

リン・ヒル
「私はある地点で、登ったり降りたりするのに飽きてしまって、そこにぶら下がっていることにしました。・・そうする方が私には理屈にかなっていたのです。それに、このほうがいっそうクライミングを楽しめました。あれが私のハングドッキングの第一歩でした。」『ビヨンド・リスク』(山と渓谷社, 1996)

「クライマーは、クライミングの目的はひとえにクライミングを楽しむことにあるということだけを念頭に置き、岩にはできるだけ手をつけないでおくべきだと私は信じています。自分の責任のもとにボルトを使って新しいルートを開くとき、もはやそれは自分のためだけでなく、他人の楽しみにもかかわってきます、だから安全なボルトを打ち込む責任があるばかりでなく、岩に加える変化を最小にして他人が最善の経験をできるように論理的な場所に打ち込む責任があるのです。
 考えてみれば、シューズ、チョーク、プロテクション、ロープ、どれも人為的につくられたものです。グラウンド・アップだ、ラップ・ボルトだと議論することはできても、みんな人工的なものですよ。みんなゲームなのです。そして、このケームの目的は皆が楽しむということですーそれと安全性ですね。グラウンド・アップで登りながら急いで打ち込んだボルトが抜けて墜落死してしまうなんて、だれでも嫌でしょう。」『ビヨンド・リスク』(山と渓谷社, 1996)

「だれかが懸垂下降でボルトを打ったとしても、私は気にしません。実際には歓迎します。懸垂下降で設置されたボルトは注意深く打ち込まれていることが多いし、風化して抜けやすくなるのを防ぐためにセメントを少し使っていることすらあるからです。ボルトの間隔もたいてい手ごろで、使いやすいのです。」『ビヨンド・リスク』(山と渓谷社, 1996)

「私は岩を削ったり接着剤でつけたりすることは容認できません。自分だけの特別な必要性に合わせて岩を変えてしまうのだすからも受け入れることはできません。これをしなければルートが止まってしまうとしても、それでいいじゃないですか。」『ビヨンド・リスク』(山と渓谷社, 1996)

ぼくは、この後、クライミングから離れたんですが、その後、どうなったか調べてたら、以下がありました。2000年頃です。

チッピングでルートを作ってもOKな岩場があってもいいはずだ


ジョー・ブルックス
「岩場の歴史やローカルの倫理観は場所によってそれぞれ違うし現存のものは尊重すべきだが、チッピングが問題にならないような新しい岩場があってもいいだろう。ポタシにも未だ100%ナチュラルなラインは残してあるよ。でも、例えば左側の「ナチュラル」ってルートは90%チップだけど、チップしないで変な5.13bができるよりも快適な5.12dがウォームアップ用にほしかったから加工したんだ。いいルートだよ。」(ロックアンドスノー2000年夏号)

2000年以降は、まだ、あまり調べておらず、現在のクライマーの意識はどんな感じなんだろうか、と思っていたら、2つみつけました。まず、グロバッツ氏です。

シュテファン・グロバッツ
(グロバッツ氏らのボルトを使ったフリークライミングとボルトなしのエイド(アメリカ人マイク・リベツキ氏の)が対立したベネズエラでのクライミングについて)誰でも自分の思うやり方で登る権利を持っています。・・人それぞれのスタイルでルートを登れたのなら、それは賞賛に値することで、たとえ自分のスタイルと違っても、大なり小なりアルピニズムの進歩に貢献することですから、別にかまわないと思います。自分のやり方を唯一無二のものとして他人を批判するのは、まったくばからしいことです。
 ただ、許されないのは、すでに確立されたルートで、伝統に反する手を加えること。チッピングするくらいなら、別にルートを拓くほうがいい。」(ロックアンドスノー2007年夏号)

「(旧東ドイツの岩場の現況を聞かれて「エルベ砂岩地帯ですか? いや、ぜんぜん。まったく以前のとおり、ノーカム、ノーチョークで登られています。国境を挟んだチェコのボヘミアでは、すっかり西側スタイルに変わってしまいましたが。」」

開拓時のホールド製造は、時には、OKか?

2つ目は、つい最近、The Becoming(9a+)を、第2登したアレックス・メゴス氏のコメントです。彼は彼のFBとインスタで、こうコメントしました。

"one of the last remaining hard routes for me in the Fj went down yesterday. "Becoming" 9a+ at Rotenstein.
There is just one thing to say. Well built that thing but the Sika doesn't seem of good quality, it crumbles...
From 'in the making' to "Becoming"... "

この問題について、2016年10月24日付UKClimbing.comのニュース欄で"Alex Megos repeats Becoming, 9a+"を書いたBjörn Pohl 氏はこう述べています。

"Is chipping still an issue or is it widely accepted now? Is it ok to chip? Did I miss something??
Maybe. Looks like everybody is doing it and nobody seems to say anything...​"
"That thing [The Becoming] is absolutely glued. "

上記を受け、Björn Pohl 氏はメゴスにインタビューを行いました(2016年11月8日付)。以下、開拓時のホールド製造に関する部分を引用しておきます。全文はこちらです。http://www.ukclimbing.com/news/item/70783/interview_alex_megos

"About "new holds" and "leaving marks", recently you questioned whether chipping & glueing had come in fashion again. Is this something you see more of these days? Not only in Frankenjura
Yes, it is something I see more of these days. But probably just because I started looking more closely.

Not only in the frankenjura no

The question just is where is the line of chipping?! I would say hardly any route nowadays or in the past is not "manufactured". Loose flakes have been removed, holds might be reinforced

Where do you draw the line yourself for what's acceptable?
I draw the line there: it's ok to glue holds back on if they fall off. Glueing on holds that were sort of similar is very, very questionable

I guess one could argue that removing and reinforcing a hold changes a route equally much...
Of course it does change the route. That's sort of the job of the guy who bolts the route to make a decision whether it should be removed of reinforced

Drilling holds and glueing on stuff that was not there: not ok

Making holds bigger: not ok

removing holds to make it harder: not ok

So, in short, the better the rock, the less room for "creativity"?
yes, If you've got a pile of choss you can do anything almost...

Is this something you discuss a lot with other climbers who make first ascents? Do you ever come across climbers who openly disagree with you on this issue?
To be honest I haven't talked to too many other (strong) climbers about that. I know that basically everybody I talk to agrees that chipping is a NO go, and still it happens very often in my eyes.

Mostly to a degree that is still acceptable, but sometimes just a bit too much...

I know that Nalle is against chipping. Most boulderers are. It's more common in route climbing I feel, but maybe that's just because I climb more routes then boulders? Using sika or glue is not as common in bouldering I would say."

というわけで、登攀倫理についてのクライミングコミュニティのコンセンサスは確立した。こう断言するには、まだまだ、多くの議論が必要なようです。
  1. 2016/11/08(火) 21:12:49|
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